天然物は構造的に極めて多様性に富むため、その合成・機能もまた多様であり複雑です。それゆえに天然物の研究には思いがけない新しい発見がたくさん潜んでいます。また、天然物には古代エジプト文明時代から医薬として人類の健康の維持増進に役立ってきた歴史があり、最近では海洋生物が生産する天然物由来の医薬品が誕生しつつあります。つまり、天然物有機化学は知的好奇心にもとづく基礎研究としての側面と、夢のある実用志向研究としての側面を兼ね備えています。
 私たちのグループは、有機合成化学を基盤として、海洋生物が生産する天然物の構造・合成・機能の研究をおもに行っています。どのテーマも「分子をつくる」という点で共通性があります。

複雑な海洋天然物の全合成および構造決定からケミカルバイオロジーや天然物創薬への展開

 渦鞭毛藻やシアノバクテリア由来のマクロリド天然物(12員環以上の大環状ラクトン骨格をもつ化合物の総称)を始め、海洋生物が生産する天然物には、ヒトがん細胞に対して顕著な毒性や増殖阻害活性を示す化合物が数多く知られています。このため、細胞の増殖や分化に関わるシグナル伝達系の解析・制御を目的としたプローブ分子としての役割が期待されているほか、新しい抗悪性腫瘍薬のシード化合物としても強い興味が持たれています。一方、海洋天然物は自然界に微量しか存在しないため、その生物機能を詳らかにするには有機合成化学による化合物供給が重要な役割を果たします。
 私たちのグループは、医薬品のシードやケミカルバイオロジーのプローブとして興味が持たれる海洋天然物をターゲットとし、その効率的な全合成法を開発します。同時に天然物の絶対配置決定や立体配座解析も行い、化合物がどのような三次元構造を有するか明らかにします。さらに、天然物に構造改変を施したアナログを合成し、活性発現に必要な構造要素の解明(構造活性相関研究)や、蛍光標識プローブ分子の開発へと研究を展開することで、化学と生物学の融合領域へ貢献することを目指しています。


タンデム反応やワンポット反応による複雑な天然物の効率的合成法の開発

 成熟しつつある現代の有機合成化学には、効率的で環境負荷の少ない反応や合成法の開発が求められています。タンデム反応やワンポット反応と呼ばれる、一つの反応容器中で複数の反応が連続的に進行するプロセスは、簡単な原料から複雑な化合物を一挙に構築でき、多段階合成を大幅に効率化するポテンシャルがあります。私たちのグループでは、原子効率の高い(無駄な共生成物が生じない)触媒反応を組み合わせたタンデム型のプロセスを設計し、数多の天然物に含まれる構造モチーフである、1,2-および1,3-ジオールや環状エーテル、マクロラクトンの合成を効率化する、新しい合成法の開発を行っています。また、全合成研究において積極的にワンポット反応を活用し、合成の効率化を図っています。

 以下に示す例は、私たちのグループで開発した1,3-syn-ジオール系の立体選択的な合成法です。1,3-ジオール系を含む天然物は数え切れないほど存在し、その合成法はいくつかの総説として報告されています(e.g., Gamba-Sanchez & Prunet, Synthesis 2018)。私たちの過去の研究から、ブレンステッド酸存在下で分子内oxa-Michael付加が容易に進行することが明らかとなっていました(Fuwa et al., J Org Chem 2012)。この知見をもとに、簡単なホモアリルアルコールを出発物質とし、オレフィン交差メタセシス反応でMichaelアクセプターを導入した後、適切なアルデヒドとブレンステッド酸が反応すれば、ヘミアセタール化と分子内oxa-Michael付加が連続的に進行すると考えて設計した合成法です。従来の類例と比較して、本合成法は容易に入手できる試薬で簡単に実施できる点で優れており、また生成物に含まれるアセタールは比較的容易に脱保護あるいは還元開裂できる点も特徴であるため、複雑な化合物の合成への応用が期待されます(Murata et al., Org Lett 2019; Chem Asian J 2020)。


有機合成化学と分光学的手法による複雑な天然物の全立体配置決定

 化合物の機能は構造により規定されているため、化合物の三次元構造を正しく決定することは、その機能を追求するためにも不可欠です。当研究室では有機合成化学と分光学による複雑な天然物の構造決定を行っています。

 Amphirionin-2は高知大学の津田教授らにより海洋渦鞭毛藻Amphidinium属から単離されたポリケチド系天然物で、2つのテトラヒドロフラン環が縮環したヘキサヒドロフロ[3,2-b]フラン骨格が共役ジエンを介して2つ連結した特徴的な構造を持ちます。それゆえに本天然物の全立体配置はNMR解析では決定できていませんでした。当研究室ではヒドロキシオレフィンの向山型環化によりamphirionin-2のすべてのエーテル環(2,5-trans置換テトラヒドロフラン環)を形成し、Stille型反応で共役ジエン部を構築するモジュラー型の全合成法を開発しました。これにより本天然物の2種類の可能な立体異性体を合成しましたが、いずれも天然物とはNMRが一致しませんでした。合成品と天然標品のNMRスペクトルデータを比較したところ5位と7位の相対配置の帰属に再検討の必要性があることが示唆されたので、7位および7位を起点として帰属された9,10,12位の立体配置を逆にした2種類の立体異性体を合成し、そのうちの1つが天然物とNMRデータおよびキラルHPLC分析で一致することを確認しました。さらに比旋光度と円二色性スペクトルデータの比較により、amphirionin-2の全立体配置を決定することに成功しました(Kato et al., Chem Sci 2021)。



 Iriomoteolide-2aは西表島沿岸の海底砂泥に生息する渦鞭毛藻Amphidinium属から単離された23員環マクロリドです。本天然物の平面構造は各種二次元NMR解析により決められ、ROESY相関やJBCA法による立体配座解析、天然標品の分解実験、キラル異方性試薬の適用等を駆使して絶対配置が帰属されました。本天然物は数種の培養ヒトがん細胞に対し強い増殖阻害活性を示すことからも興味の持たれる化合物です。当研究室は、鈴木ー宮浦反応とエステル縮合によるフラグメントアッセンブリーと閉環メタセシスによるマクロラクトン環構築を鍵工程として、iriomoteolide-2aの提出構造式の全合成に初めて成功しました。しかし、合成品のNMRデータは天然標品のそれとは一致しませんでした。モデル化合物の合成とNMR解析を行うことで9,11,12位の立体配置が逆であることを突き止め、最終的に全合成により本天然物の全立体配置を決定することに成功しました(Sakamoto et al., Angew Chem Int Ed 2018; Chem Eur J 2019)。


ルテニウム錯体を用いるO-, N-複素環化合物の新規合成法の開発

 オレフィンメタセシス反応は現代の有機合成化学に不可欠な存在となりました。メタセシス触媒としては、市販のGrubbsタイプのルテニウムカルベン錯体が最も汎用されています。一方、ルテニウムカルベン錯体はオレフィンメタセシス反応だけでなく、さまざまな非メタセシス反応(non-metathetic reactions)も触媒することが知られています。したがって、メタセシス反応と非メタセシス反応を組み合わせることにより、タンデム型の触媒プロセスを創造することができ、比較的単純な化合物から複雑な化合物への変換が可能になります。
 私たちのグループでは、Hoveyda-Grubbs第二世代触媒(HG-II触媒)を用いることで、オレフィンメタセシス反応と分子内oxa-Michael反応が連続的に進行することを見出し、マクロリド天然物exiguolideやenigmazole Aを始め、さまざまなテトラヒドロピラン誘導体の効率的な合成に応用しています(Fuwa et al., Org Lett 2010; Fuwa et al., Chem Eur J 2011; Fuwa et al., Heterocycles 2011; Sakurai et al., Angew Chem Int Ed 2018)。


 また最近ではHG-IIまたはHG-II触媒をDMFで処理して調製したRu種により、アルキンの分子内ヒドロアルコキシ化が進行することを見出し、さまざまなアセタール化合物を中程度から良好な収率で得られることを報告しました(Iio et al., Org Lett 2018)。ルテニウム錯体によるアルキンの活性化を鍵とする分子変換法についてさらに研究を進めています。



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